1960年ローマ五輪でアベベビキラが金メダル!世界中が驚き!

アベベビキラは、無名の選手でしたが、ローマ五輪でハプニングがあったにも関わらず、一気にヒーローになりました。その後、マラソントレーニングにも変化が生まれ、エチオピアのヒーローになり、日本人ファンも生まれました。

この記事では、アベベビキラについて見ていきます。

アベベビキラとは誰でどんな人?

アベベビキラ

1932年8月7日ー1973年10月25日

エチオピアのマラソン選手

アベベビキラの生い立ち

貧しい農家の子として生まれる。小学校には1年通っただけで、早くから家事手伝い。

19歳で入隊、朝鮮戦争のため釜山に行ったこともあります。

この状況を見ると、本当に貧しい生活だったんだなと思います。小、中学校は当たり前に思っているけど、そうではないんですね。

帰国後、訓練の一環としてスポーツトレーニングを受ける中で、足の速さが注目されるようになり、ローマオリンピックの強化選手に選出されました。

もともとマラソンをやりたかったから始めたのではなく、軍隊でたまたま見つかった特技だったんですね。

そして、ローマオリンピックの選手として選ばれるのですが、そんなに期待されている選手ではありませんでした。

1960年ローマ五輪でハプニングにもめげず、予想外の金メダル

アベベビキラはオリンピックの直前に、靴が壊れるというハプニングがありました。ローマには合う靴がなく、仕方なく裸足で走ることになります。

アベベビキラは、子供の頃から裸足で野山を駆け回っていたので、素足で走ることができました。

スタートからしばらくは、最後方を走っていました。

ところが15kmから追い上げが始まります。先頭集団に追いつき、30kmから独走状態に入ります。

ゴール地点では、報道関係者も、「あれは誰だ?」と思ったそうです。

そして、2時間15分16秒の世界記録で優勝を果たしました。

後のインタビューでは、「走れと言われればもう20kmぐらい走れる」と言ったそうですよ。

無名の選手が、一気に優勝する!これって一番盛り上がりますよね。

ちなみに、今の男子の世界記録は1時間59分40秒です。女子は2時間14分4秒です。

アベベビキラがアフリカや世界に与えた影響とは?

1960年アフリカは、17の国が独立をしてアフリカの年と言われています。そんな時に、アベベビキラの快勝で、エチオピア中が歓喜のムードになりました。

この優勝で、高地民族が長距離走の適正を持つことが注目され、高地トレーニングのきっかけとなりました。

エチオピアは標高2000メートルのところにあります。富士山の5合目が標高2300メートルです。

アベベビキラは後に、「走る鉄人」と呼ばれるようになりました。

その後、東京オリンピックでも優勝!多くの日本人ファンがいました。

エチオピアはどこにある?

エチオピアって聞いたことはあると思うのですが、どこにあるか、はっきり思い出せないですよね。

アフリカ大陸の中央部の東にあります。

実は人口は日本と似ていて、1億922万人(2018)です。

意外と多くてびっくりです。

平均寿命は日本とかなり違い、65歳くらいです。

日本は、65歳以上がかなりの割合でいますからね。

アフリカは、若い世代が多く、うまくやれば伸びていく可能性があるんじゃないかなと思います。

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